ぼんやりと考えている人

ひろしまなおき (廣島直己)
名前: ひろしまなおき (廣島直己)
住処: シリコンバレー
職業: しがないプログラマ
家族: 愛妻一人、息子一人、娘一人
道具: ハーレー二台、ギター三本
電紙: n at h7a.org

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以前にぼんやりと考えたこと

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21 April '2007 - 18:32 | 日米対決 IT'S THE LAW

九十七年の秋ごろに渡米した当初、道路の標識に「BUCKLE UP. IT'S THE LAW」というのを見つけるたびに思っていたことがある。それは、「それが法律です」というこの文言がどのくらい請求力があるのかということだった。アメリカ人というのは、法律だからと言われればそれを素直に守るほどできた人たちということなのか、そんなことはあるまい、と。

たしかに、ぼくは多くの日本人よりも悪い意味でロクデナシだったと思うし、それは今でもあまり変わってない気もするけれど、とにかく、その文言をみて、ぼくは冷笑していたのを覚えている。端的に言うと「Okay, it's the law. So, what?」という感覚であの標識をみていたのだった。

今回、ひさしぶりの日本滞在で感じたのは、ここは法に対する respect というのはあまりない国なのだな、ということだった。それを民度と言ってしまえばそれまでだし、それは面白くないのであまり言いたくもないのだけれど、この国の人たちって、いったいどういう人たちなんだろうとがっかりすることは実際しばしばあった。

中国の人たちが、まとも列さえ作れずに開いた瞬間のバスの扉に殺到するさまを映しながら、来年のオリンピックのためにマナー徹底に必死ですねえ、などと放送していた番組やニュースをみながら、これを冷笑するほど日本人のレベルは高いのか、と思った。

たとえば、パーキングなどでしばしば目にしたのは、道路に書かれた斜線部分(進入禁止のところ)をショートカットする車や、また、あろうことかそこに駐車してしまう車たち。また、そこが一般道路でないからなのか、一方通行もおかまいなし。障害者用と書かれているスポットも、当然ながら普通に健常者たちに利用されている。

また、名阪国道を走った時には、その国道の制限速度が 60km/h であることが、そこら中に書かれていて、電光掲示板などでも、これでもかこれでもかと表示されているにも関わらず、平均速度は 100km/h であった。試しに 60km/h で走ってみたら、後ろのすべての車に抜かされたし、その途中で何度もパッシングされた。

明らかに、悪いのはぼくだったので、流れを壊さないようにできる範囲で遅く走ってみたら、それは 80km/h だった。これでもほとんどの車に大げさに抜かされた。もっと早く走れないのか、と。90km/h くらいで走ったらいい感じだったのだけれど、居心地の悪さと言ったらなかった。

ここで思ったのは、制限速度を完全に無視しているひとたちのレベルの低さではなく、現状を完全に無視した法の方が間違っているということだ。信号も交差点もまったくない片側二車線の道を、それが高速道路ではないからという理由で一般道の法定最高速度を適用している法律がおかしいんだろう、と。

おかしな法律だったら、とうぜんみんな無視するに決まってるし、みんなが無視しているから罰則を適用することもできない。もしかしたら、年末には抜き打ちで適用して警察のノルマを達成するのかも知れないし、その為にあえて放置されているのかも知れないけれど、こういう状態は、法に対する感覚をどんどん麻痺させるだけになると思う。

子供を膝に乗せてクルマに乗ることは、今の日本ではたぶん禁止されていると思うし、そう聞いた記憶もあるのだけれど、あらゆる場面でそれは無視されているのを目撃したし、また無視することを要求されたこともあった。

そういえば、アメリカの友人の話だけれど、子供をチャイルドシートにのせないといけないことが法律になったことで一番嬉しかったのは、膝に乗せて走ろうとする親父に「法律だから」と言ってそれを制止することができるようになったことだというのを聞いたことがある。

日本でそういったら、「おまえはどんだけ偉いんだよ、偽善者が」と言われてしまう気がするのは、うがち過ぎだろうか。逆に「警察に見つかったら何万円の罰金だから」と言った方が請求力があると感じるのは、馬鹿にし過ぎだろうか。

罰則が恐いから(しぶしぶ)守るというのは間違ってないし、そのための罰則だとは思うけれど、そもそも法律だからそれを守るのが当然ということが前提になくてはいけないのではないか。

完全な法律などというものは不可能だと思うし、杓子定規に適用するのは不可能だろうし、法律とはそもそもそういうものではないと思っているけれど、ただ、前提条件として法への敬意が十分になかったらどうしようもないのじゃないか。

それが前提にあって、はじめて、

法解釈の立場を決めるのは司法だけではない。国民による世論から妥当な法的解決の方向性が模索され、その決定に適合するように法律を運用するのが司法なの である。法律を守る(・守らない)というのは誰かが主張する条解を無批判に受け入れる(・受け入れない)ということではない。法解釈には常に妥当な適用を 議論する幅がある、ということを前回書いたはずである。「法律を守る」の意味を勘違いしてはならない。

http://d.hatena.ne.jp/atsushieno/20070422 

ということを積極的に啓蒙する段階にいけるんじゃないかな、と思う。法は敬意を払って守られるべきだからこそ、それに値する法でなくてはいけないし、そういう法であるように維持(というのは適宜改修するという意味)していく努力こそがとても重要なのじゃないかと思う。

って、日本人を馬鹿にしすぎか。だといいのだけれど。

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