ことしの 2がつに よてい されていた アナログていは だけれど、いろいろあって えんきされて、6がつ 12にちの よなかに とうとう じっしされた。すべての アナログちじょうはが かんぜんに とまったわけでは ないけれど、フルパワーの ほうそうは ぜんぶ とまった。
ぼくの まえの しごとは デジタルテレビ(もしくは セットトップボックスなど)の ソフトウェアを つくること だったので、いまは ぜんぜん かんけいない しごとを しているとはいえ、ちょっと かんがい ぶかい。
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takusan'no hitoni yondemorau nara somosomo hiragana gakusyuuga huyouni naru RO-MAji hyouki no houga iinodeha naika. RO-MAjiseikatu ni sinai riyuu ha nanika.
ii situmonn dane.wa
jituha bokuha RO-MAji demo zenzen iito omottemasu.wa
20nen kurai maeni RO-MAji sika tukaenai joukyoude GAIJIN ya zaigaihoujin tati to yoku tyatto siteita jikiga arunda keredo, saisyoha turakatta noni koremo naretara zenzen dekite bikkuri sita keikenga arimasu. seisintekina kabe ga nakereba koremo kekkou yoyuu de suguni naremasu.
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せんじつ、いつものように iPhone を MacBook Pro に つないで Podcast を こうしん しようと おもったら、iTunes が iPhone を にんしき してくれなく なっていた。
よくみると、じゅうでんも されてない。げ。
いよいよ まぢかに せまった あたらしい iPhone の はつばいに むけて、この iPhone も おやく ごめんかと おもいきや、老婆の MacBook Pro に さしてみたら、ふつうに にんしきされる。え、ぼくの MacBook Pro が こわれたのかな。
おもむろに しょだい iPhone を さしてみると、なんと にんしき するではないか。どういうことなんだ。
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せんじつの JTPA の カンファレンス でも はなしに のぼったことだけれど、アメリカの はたらきかた と くらべて、にほんの はたらきかたは いじょうに せいしんろんてき で、とにかく むりにでも どりょくで かいけつ しようと する けいこうがあり、それでいて きゅうよも すくなくて やってられない、という いけんが ある。ぼくも そう おもう。
にほんの おおてメーカ きんむで ばしゃうまの ように はたらいて さくしゅされている エンジニアたちは、おなじ レベルの しごとを ふつうに ていじで やって、それでいて ばいほどの きゅうりょうを もらっている こっちの エンジニアの げんじつを しったほうが いい。
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ひらがな だけの ぶんしょうは、よみにくすぎて たまらない。さいきん、よく いわれる。
ひらがなせいかつ を はじめてから だいぶ たっていて かなり めが なれたし、しんりてきな ていこうも まったく なくなった ぼく
ですら、よみやすさの ひかくをすれば、あっとうてきに かなかんじまじりぶん (いか、よくつかうのに ながくて よみにくいので、かかまぶん と よぶことにします。わわ) の ほうが よみやすいと かんじるのだから、さいしょから うけいれる
きが まったくない ひとたちが、そう いいたくなる きもちは 120% りかいできる。
すこし あたまの おかしい ぼくだけが こういう はためいわくな ことを かってに やるのなら まだしも、なにか しんえんな いとがあるに ちがいないと
かんちがいした おひとよしたちが こんなくだらないことを まねしはじめては たまらないと、ないしん やきもきしている ひとも いるかも
しれない。
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さき の 「ひらがなせいかつ への いざない」 に たいする しゅんぺーさん の コメント で、
あなたの文章は非常に簡潔に平易に書かれておりますので、ひらがなで読むことはさほど難しくありません
と かかれている ことは とても うれしい。
ぼく が ここ に かいている ぶんしょう は、すべて ぼく が かんがえている ていど の ないよう なので、そもそも むずかしい こと ではないし、その いけん を せいかく に つたえる ためには、とくに むずかしい たんご を ひつよう と してない というのは じじつ なの だけれど、それでも、ぼくは ちゅうい して たんご を えらんで かいている。
つまり、なんどか よみなおして、なるべく かんたん な ぶん に なるよう に かき なおしている。どうおんいぎご が まぎれて いない か ちゅうい しているし、かんじ を みないと ぼくじしん よく いみ が わからない たんご は すべて かき なおしている。まあ、スイコウ くらい は かいても いい けれど、あえて かかないように している。
つまり、みなれていない から すごく よみにくい という のは たしかに そう だけれど(わ)、がんばって よんでみても よく わからない、というような ことには ならないよう、けっこう きを つけています。
じつは「ひらがなせいかつ」には、ぶんしょう を もっと たんじゅん に かくべき ではないか、という いと も あります。
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にほん が たちなおれる か どうか は ぼくには よく わからない。
わたなべちか の れい の エントリ を よんで、「でも、アメリカ だって、アメリカ だって、アメリカ だって、アメリカ だって」みたいな はんのう を している ようちな ひとたち に いいたい こと も とくに ない。
でも、にほん は とても すみにくい しゃかい だと ぼく は おもっていたし、いま も おもっている ので、そう おもう ひとたち や かんじている ひとたち は、せっきょくてき に ガイコク に にげてみる こと を すすめたい。
うんよく にほん で うまれた のだから、てんしょく する くらいの きがるさ で、きがる に ガイコク ぐらし を してみる と いい と
おもう。ただ の ひっこし よりかは しきい が たかい かも しれない けれど、いちど やってみたら、そのくらい の しきい しか ない
ことが わかる。いなか から とかい に ひっこした ひと なら わかる と おもうけれど、おなじ くらい の はなし だと おもう。
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ひとつまえ の エントリ では、なにゆえ ひらがなせいかつ を すすめているのか わからない、と なんにん かの ゆうじん や ちじん から いわれた けれど、かいてない ので それは とうぜん。ながくなる から、また あとで かく、と かいた。かいたけど、なかなか かけず に ごめんなさい。
じつは、ぼくの なかでも けつろん が かんぜん に でている という わけでは ないし、また、すぐに でる とも おもえない ので、いまも、なぜ そんな ことを するのかと、じもんじとう しつづけて いたりします、はい。わ。
かんじ を すてる ことの へいがい は、ぼくでも いろいろ と おもいつくし、かんじ を すてる ことは まちがっている と ちょっかん する ひと や、せきずいはんしゃ てきに はんろん する ひとは、その あたり は とくに いろいろ と おもいつく のだろう。まあ、ぼくが おもいつく レベル の もんだいてん は、あとで はんろん を かいて いこう と おもうけれど、そうてい される はんたい いけん への はんろん の まえに、まず、ひらがなせいかつ の ぼくなりの motive を すこし ずつ かいて いきます。
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いちぶの ゆうじんたちは よくしっていると おもうけれど、ここのところ、ぼくは かんじを いっさい つかわずに せいかつする という じっけんを してみている。
で、やってみたら、おもっていた よりも やれそうな きが してきて だいぶ じしんが ついたので、とうとう ここに せんげん することに します。
「ひらがなせいかつ」を すいしんする (もしくは うざいことするなあ、しねばいいのに、なんてことを いちいち おもわないと きがすまない ひとたちの きもちを さかなで することなど、そもそも いっさい いに かいさずに、ほろびゆく ちほう げんごである にほんごの、せんねんごを ほんきで うれう、もしくは うれう ふりをする) ぷろぐらむに さんか しませんか。
かけも よめも しない かんじ なんて、がくしゃに まかせて、こどもたちでも かんたんに よめる ひらがなで、もっと わかりやすく かくように しませんか。
この うんどうに さんかしたい ひとは、どうぞ かってに さんか してください。ばかだと おもうひとは、ばとうするなり むしするなり、おすきに どうぞ。
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大きな会社では、その内側で起こっていることのすべてを一介のエンジニアが把握することは不可能に近い。そういう規模の会社では、インサイダーであるのに外部の人から知らされる会社情報というものも案外おおかったりする。とくに、自分があまり注意を払っていないゴシップ系の情報になると、その傾向は顕著になる。
たとえば「グーグル、本社キャンパスの無料カフェテリアを閉鎖」 という記事に書かれている内容も、友人に教えてもらうまで知らなかったし、読んでみて驚いた。きっと、知らない同僚もたくさんいると思う。
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老婆に教えてもらって知ったのだけれど、ピーナッツバターにサルモネラ菌が入っていて何人も死んじゃって関連製品が軒並みリコールされるという、全米の一部を震撼させる事態が発生している。
本当に美味しいピーナッツバターというものがない極東の国の人々には想像もつかないことだろうが、PB&J という素晴らしく美味しいジャンクフードを子どものランチにもたせられなくなってどうしてくれるんだと全米のマミーが激怒しているし、セロリにピーナッツバターをつけて食べるのが好きなぼくにとっても、これはかなりの痛手だ。
この事件、じつは単なる事故ではなくて、工場の検査で過去にサルモネラが十回以上も見つかってるのに、そしらぬ顔で出荷していたことが発覚していて、ぼくは「どこの日本の話か」と思ったが、どうやらアメリカ人たちは「どこの中国の話か」と思っているらしい。まあ、アメリカでは、日本の偽装ブームの話はほとんど知られていないだろうから、当然か。
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以前は、どちらかというと外で食事をすると言うのは好きではなかった。外でというのは、カフェなどの軒先でという意味であって、外食ということではなく。
風のまったくない快晴の気持ちいい日はともかく、ちょっと風があったり、肌寒かったりしたら、外で食べたい理由はまったく分からなかった。というか、いまでも分からない。
でも、アメリカ人は外で食べることが好きなようだ。外で食べている人は多いし、友人と飯に行くと、積極的に外で食べようとするので、外で食べることにとても慣れた。
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27 January '2009 - 19:26 | 雑記 今年の抱負
最近は、月に一回のペースすらも守れてないとお叱りを受けたからというわけではなく、いろいろと忙しくて書いてなかったことを書いておく。というか、月に一回の約束なんてしないし。
というわけで、今年の抱負。一月も終わろうとしているのに。
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岡田さんが「ケータイの小中学校への持ち込みを禁止すべきだと思う」と書いている。ネットを介した便利でシンプルなコミュニケーション手段が、リアルなコミュニケーション能力の発達を阻害するという危惧からだ。
ぼくはそうは思わない。学校への持ち込みを禁止するべきではないと思うし、感情表現の種類が絵文字の数に依存するということもないと思う。
たしかに、電信のせいで手紙が減っただろうし、
電話のせいで電信も減っただろう。とても嘆かわしいことだと思う。大河ドラマを見ていると、友人には毛筆でしたためた文を届けるべきだと、いつも深く反省する。
電子メールのようなデジタルな手段では、美しい満月をぼんやりと眺めながら遠い日本の友人に想いを馳せるぼくの心のひだなど決して伝わることはない。伝わ
ろうはずもない。相手のディスプレイには、どんなフォントで表示されているかすら分からない。もしも友人がウィンドウズなどでメールを読んでいたら、ほん
とうにひどいフォントで表示されているに違いないのだ。心を込めて文字をしたためるぼくが、そんな汚い字で心を綴っているはずがないのに。
それまでになかった新しい手段によって変貌を遂げるコミュニケーションというものも確かにあると思うけれど、人の心はやはりとても瑞々しいものだから、だいじょうぶだと思う。いつの時代に生まれても、子どもは子どもらしいだろうと思うし、恋は恋焦がれるものだと思う。コミュニケーションの形こそ変わっても、人が心をもっている限り、大人が子どもたちに愛情を注ぐことができる限り、問題ないと思う。
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3月21日に開催する JTPA シリコンバレーカンファレンス 2009 について、何も書いていなかったし、もうすぐ締め切りになっちゃうのでその前にひとつだけ書いておきます。
詳しいことは JTPA サイトにぜんぶ書いてあるので、興味がある人はまず読んでみて下さい。
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03 December '2008 - 22:11 | アメリカ生活 前略、ユキ子様へ
昨日わが家に届いた小包は、すでに開封されていた。日本からの小包がこのように抜き打ちで検疫を受けることは滅多にないことだけれど、あるにはある。
念のために義母に確認を取って中身を確認してみたが、取られたものはひとつもなかったので安心した。
しかし、その代わりと言ってはおかしいが、入っていないはずのものがひとつ入っていた。たぶん、同時に検疫を受けた隣の小包の中に入っていたものだろう。出したものを箱にしまうときに間違って紛れこんでしまったと思われる。
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28 November '2008 - 16:30 | 雑記 ミイラになっているのか
ここ最近、「グーグルに入ってから、ぜんぜんブログを書いてないじゃないか、もっと書け」と、狂信的ファンの人から怒られることが増えたのだけれど、そう言われればそんな気もするし、本当にそうなのかな、とも思う。
もともと毎日書いていたわけでもないし、ちょくちょく書いて読者を飽きさせないようにしなくてはいけない的な感覚も持ち合わせていないので、すっかり飽きてほとんど書かないことは過去にもあった。義務的に考えたこともないし、考える動機もない。続けることに意義がある的な感覚もまったくない。
そもそも、ぼくが想定しているこのブログの読者は、第一に将来のぼくの子供たち(およびその子孫)であり、第二に将来のぼくであり、第三にいまのぼくであり、第四に狂信的ファンなので、もっと書けと言ってくれる人たちの優先順位はとても低いということを自覚して頂きますよう、よろしくお願いします。
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次期アメリカ大統領に選出されたのは、残念ながら Barack Obama だった。
残念ながらなんていうと、民主党を応援していた人はカチンと来るかも知れないし、共和党を応援していた人はうなずくかもしれないが、ぼくが応援していたのは Ron Paul だったし、Ron Paul でないならば民主党の誰でもいいと思っていた。また、民主党なら、Hillary Clinton の方が面白そうだと思っていた。
Hillary Clinton が負けたのは、民主党のサポーターが積極的に Barack Obama を選んだ結果だと思うし、Brack Obama は大統領に相応しい人物だと思うので、そこにはまったく文句はない。
また、John McCain はともかく、Sarah Palin が副大統領になったらどうしようかと思っていたし、Tina Fey as Sarah Palin があまりに可愛すぎるので、みんな間違って Palin を応援してしまったらどうしようかとちょっと不安だったけれど、アメリカ人もそこまで馬鹿ではなかったらしいのでよかった。
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使い方はともかく、日本では買えないし、海外在住なだけでは買えないのだから、グリーンカードが取れたら、まずは使ってみたいと思っていたジャパンレールパス。外国人と外国永住権をもつ日本人だけが買うことができる、特権のひとつ。
先の東京出張の際には、東京に一ヶ月近く滞在することが分かっていて、毎週末には実家のある豊橋に行こうと決めていたので、ジャパンレールパスを買ってみることにした。どうせだから、一番高いグリーン車用のやつ。右の写真でもわかるようにぼくは緑色だし、環境にも優しいので、緑の席じゃないと似合わない。
ぼくが買ったのは、「三週間、のぞみ以外の JR の電車とバスにのり放題で 79,600円」というもの。これが高いのか安いのかよく分からなかったけれど、どうせグリーン車にのり放題なのだからと、祝日には姫路城にも行って来たりした。結果、さっき計算してみたら 15万円分くらい電車に乗ってた。悪くない。出張ではなく、遊びで行っていたら、30万円分くらい乗れてたと思う。
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ひさしぶりに日本に長期滞在していて、毎日いろいろなことを考えるわけだけれど、実家で風呂にゆったりとつかりながら考えたことは、やはり日本の風呂はいいなあ、ということではなかった。
それは、日本の風呂こそが日本少子化の大きな原因に違いない、ということだった。
日本人は、グローバルウォーミングの心配の前に、Yossi Vardi が警告しているローカルウォーミングの心配をした方がいい。
子孫繁栄のためには、実はラップトップは大きな問題なのだけれど、風呂はもっと問題なのだ。
ラップトップは間接的に精巣の温暖化を進めるが、風呂のお湯は直接的に温暖化を進める。人間の精巣は、冷却するためのフィンがついていることでも分かるように温度を上げてはいけないのだが、日本人は風呂にゆっくりとつかることによって、どんどん生殖能力を減退させているわけだ。
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この前にぼんやりと考えたこと